はじめに
これは、あるひとりの死から始まった問いです。
もっと早くCDR(チャイルド・デス・レビュー)があったなら、
私の友だちは死なずに済んだかもしれない──
そんな想いから、この連載を書いていこうと思います。
「CDR」は、子どもの死を検証し、次の命を守るための制度。
でも、それだけで終わらせてしまっていいのか?と、
いろんな角度から考えるうちに、気づけば問いはどんどん広がっていきました。
この連載では、CDRを起点にして、医療・社会制度・ジェンダー・発達心理・哲学・法・倫理・統計・行政などの学際的な領域にまたがって、「子どもの命」「支える社会」「大人の責任」をめぐる問いを掘っていきます。
重いテーマではありますが、答えを決めつけるものではありません。
読んでくれた誰かが「自分だったらどう思うか」を考える、
そのきっかけになればと思っています。
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連載予定(仮タイトル)
※タイトル・順番は変更になる可能性があります。
1. CDRってなんのためにあるの?
──制度と理念のあいだで揺れるもの
2. なぜ子どもは「死んでしまう」のか?
──医学と社会と、見えない背景
3. 救える命と、救えなかった命のあいだで
──罪、責任、そして悲しみをどう扱うか
4. 「虐待」ってなんだろう?
──家庭のなかで起きることの定義と限界
5. 「母」の孤立、「父」の不在
──ジェンダーの偏りと家族という幻想
6. 赤ちゃんは“社会の一員”か?
──出生・戸籍・そして見えない命の扱い
7. どこまでを「支援」と呼べるのか?
──制度と感情の隙間にあるもの
8. 統計は、命を語れるか?
──データで見えるもの、見えないもの
9. 子どもの死を「伝える」ということ
──メディア、報道、そして語りのかたち
10. 死は未来に、つなげられるか?
──私たちはどこまで「学べる」のか
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この連載は不定期更新です。
毎回かなりの熱量がかかるため、ペースはゆっくりめになるかもしれません。
けれど、どの回も本気で書いていきます。(たぶん)